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普通の人が経験しないようなジェットコースターみたいな人生だったので紹介します(後編)

2017年03月10日(金)


前編の「普通の人が経験しないようなジェットコースターみたいな人生だったので紹介します(前編)」を読んでくれた人、ありがとうございます。

ちょっと変わった人生でしたが今からもっと変わりますので、時間ある方は読んでください。

普通の人が経験しないようなジェットコースターみたいな人生だったので紹介します(前編)

普通の人が経験しないようなジェットコースターみたいな人生だったので紹介します(前編)

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初めてのアジア海外視察は衝撃だった


中国に初めて行ったのは25歳のとき。中国の悪い噂は日本のニュースでたくさん聞いてたから偏見があったけど、中国の信州 (四川省) に着いた瞬間180度変わった。

当時は入院の時にビジネス雑誌を読み漁っていたので卸市場で売られてる商品を見るだけで「これを日本人が買って、売ってるんだ!」って興奮してた。そして、Iさんが契約してる中国人の卸サポートしてる社長を紹介してくれたり、工場にも行ったり、色々教えてくれた。そして、話を聞きながら自由に生きてるIさんが本当にかっこいいって思った。

そして、帰りのフライトで「ワクワクする仕事をしないと人は疲れるよ。」って言われて、考え込んだ。

ワクワクだけじゃ生きていけない


20歳後半に入り、周りは結婚や出世、ボーナスもらったなど社会人を満喫していた。自分は遠目から見ると好きなことやってる幸せものだけど、社会から見れば高卒のフリーター。相変わらずリボ払いに追われている身分。

だけど、事故したきっかけで「死がいつでも真横にあることを知ってるから、今を楽しもう!」って気持ちは人一倍あった。そんな時思い浮かんだのがニューヨークだった。

「もう一回行って見るか…」

すぐ格安サイトで中国経由の片道合計34時間の格安航空券を買ってニューヨークに向かった。今回は2ヶ月の滞在予定だった。

ニューヨークで出会った人生を変えた出会い


今回ニューヨークに行く前に「誰かWebに関して困っている日本人がいたら助けよう」という目的を作った。とりあえず困ってる人を見つけるために日本人が使う情報交換の掲示板で1人のイベントプランナーのKさんと出会った。自分は彼の立ち振る舞いに惚れて無償でホームページの手伝いをすることにした。

そして、彼と仲良くなり彼の主宰するイベントに誘ってもらったんだけど、この時に彼に自分が将来的に結婚する奥さんを紹介してもらった。だけど、当時の自分は貯金も仕事もなかったけど、いつ死ぬかわからないなら今を必死に生きることを選んで、出会って1ヶ月で結婚をした。

これぞ、本当の「勢い」。

色々な人に助けてもらい、夢が現実に


日本に帰国して覚悟を決めた。数人の知り合いを通じて色々な社長さんを紹介してもらったり、楽天の新規出店店舗宛にも迷惑メールのように営業メールを送った。ほぼ寝ないでやったので体力的に辛かったけど、人に恵まれていたこともあって結果6ヶ月という短期間で普通のサラリーマンの月収の何十倍のお金を作った。

そして、指輪を持って彼女に会いにニューヨークへ。

約束の指輪を持ってニューヨークへ



ニューヨークから日本に帰る前に奥さんのお母さんに「指輪を持って6ヶ月後に戻ってくる」と伝えたこともあり、戻ってすぐに指輪を見せた。そして、Googleで調べた下手くそな英語で迎えに「I came to pick up her(迎えに来ました)」と伝えた。


実は彼女には指輪は買えなかったってことにしていて、代わりにホテルでプロポーズをした。理由は指輪を渡す場所は二人が出会ったイベントで渡すって決めていたからだ。その時も主催者のKさんにお願いして200人の前で2回目のプロポーズをして無事結婚式もニューヨークで開きました。

彼らに祝福された時は、感謝の気持ちで一杯だった。

想像以上にニューヨークに住むって大変だった


ここまで話を読むと最高な人生だね!ってなるけど、現実は厳しかった。

英語が全く理解できない自分は生活の中で本当に奥さんに助けられていました。本人も頑張ろうと努力しますが、英語や文化の壁は一瞬で消えることはないです。さらに物価の高さにもやられました。当時人生初めての一人暮らしの家賃が2200ドル(約243,500円)と6ヶ月前まで金がなかった自分からすると家賃でこの金額は意味がわからない。

だけど、これがニューヨーク。

本気で英語もわからない、どう生きていいかも悩んでしまった。だけど、今までの経験から自分で何か価値を作らない限り自由になれないのは確信していた。だから思いついたアイディアは短時間で作り上げることだけに集中した。

何が当たるかなんて全くわからないが、やり続けるしかない


ニューヨークに移住してからは色々なことに挑戦した。「ライター」「イベント主催」「営業」「Web製作」「コンサルティング」「コンテンツ販売」「バイヤー」などなど…本当に色々やったけど、全部短期収入はあっても継続はできませんでした。

特に夢があったのが今でも運営してるNYPGというオウンドメディアです。

普通の人が経験しないようなジェットコースターみたいな人生だったので紹介します(前編)

普通の人が経験しないようなジェットコースターみたいな人生だったので紹介します(前編)

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当時はオウンドメディアがWeb業界で注目されていたので、これで安定した広告費を取ろうと思っていました。だけど、プログラムスキルがない自分は同じアツい気持ちがある人をtwitterで探した。そこで今でも一緒に仕事をしてるKくんと出会う。そこからは毎日徹夜して企画を考えてから1ヶ月でリリースした。


人生初めての自社のオウンドメディアを手に入れ、ライターも知り合い15名で立ち上げ、「今回は絶対成功するぞ!」といつも以上に熱が入っていました。

だけど、リリース後の展開は予想図とは全く異なり、トラブルの連続。

ライター15名は数ヶ月でやめてしまい、全体の運営が自分1人になってしまった。今考えればオウンドメディアなんて運営したことないし、記事なんて書いたこともなったし、どうマーケティングすればいいかもわからない、全てが初めてのことだった。
けど、当時は「もう自分はコレしかない!」と決めつけていた。

それもあってリリース後は毎日SNSも3時間以上かけて情報収集やアップデートもしたし、NYPG内の記事は2年で407本書いた。だいたい1本書くのに4時間かかる計算だと1,628時間使ってることになる。もちろん、それ以外でもNYPGは8回リニューアルしていたり、NYPG内でアプリなどの別のサービスを作ったりもした。

全部が初めてやることで答えが全くわからなかった。

しかも、これをやりながら生活最低限のお金を稼がないといけなかった。当時はWebの仕事が知り合いの紹介とかで入ってきたからお金の心配はなかった。だけど、誰もができるような「作るだけの仕事」でお金がもらえても、ワクワクしなかった。

そして、NYPGを1年運営してみたが「ワクワク」することは見つからなかった。1年の間に企画をたくさん作ったし、失敗するたびに考えさせられた結果1つの仮説が自分の中で出てきた。

本当に調べたいことをWebから見つけるのは今の時代無理?


例えばニューヨークでお土産を買うって言ってもGoogleには「ニューヨーク お土産」と検索するが、頭の中で「30歳の男性上司にあげるお土産」を探してる。だけど、検索結果は色々なニューヨーク土産のごちゃごちゃな記事ばかり。確かに最近Googleで検索しても探してる記事が見つかることが減ったのは感じていた。

今からやらないといけないのは、情報が溢れるからこそ”マス”の情報を出すことで本来求める人に情報が届き、気に入ればサービスを使ってくれるのでは?という仮説が頭の中に出てきた。


それを検証するためにで夢を持ってニューヨークに来たけど、夢をどう叶えればいいか悩んでる留学生をターゲットにしたニューヨーククリエーターの会(上の写真)を主催した。15回開催して辞めてしまったが、合計600名以上の人が参加してくれた。

この会がきっかけで自分の中の「仮説」が「確信」に変わった。

自分が好きなことの”マス”を決める



とりあえずストレスなく好きで続けれるカテゴリを考えたらスニーカーだった。

当時はtwitter上にニューヨーク在住のバイヤーはいなかった。そして、SNSを通じて売買をする人が増えている記事を読んだのでtwitter上でバイヤー業をやることにした。強みとしては運営者の透明化とニューヨーク在住の2つを武器にすることを決めた。

そして、リスクを減らすために事前オーダー制のシステムを作った。

だけど、それは自分が思ってた価値はなく、ブランドに依存してるだけで誰でも真似できるサービスだった。それに実際に買い付けをやってみると危険な目にもあったり、思うように買い付けもできなかったりすることも多かった。



本当に大切なことにフォーカスしてなかったから大切な人を失った


2016/10に奥さんも一緒に一時帰国した。実はバイヤーを始めたあたりから様子がおかしいのは気付いていたけど、自分は仕事をしてる自分が好きだった。多分憧れた先輩がずっとスマホ触って仕事のやりとりしてる姿を見ていたのもある。とにかくビジネスのことを考えていた。

それと同時に文化と言語の壁を解決する方法、ニューヨーク家賃&生活費を稼ぐ方法、長期で安定して収入が得られる方法をずっと考えていた。これだけでもわかる通り、結婚後も1日の90%が仕事or自分のことで頭がいっぱいだった。

こんな生活が2年続いた。生活も安定してお金も稼げるようになったが、その代償で「家族の時間」を作ることができなかった。その結果お互い好きだけど、もう昔のような気持ちには戻れないという理由で離婚を決めた。

大切な人を失って気付いたことが人生を変えた


奥さんとの離婚を決めてから立て続けに最悪なことが起きた。まずは初めて鬱になった。2016/11-12にツイートが極端に少なかったのはコレが理由。さらに、不幸は続き母親が倒れたり、奥さんが今は1人の時間が欲しいということでニューヨークでの家もなくなったので帰る家もなくなったし、現金も母さんのことを考えて全部渡したので無一文に近かった。

本当はギリギリまで日本にいようか悩んだけど、母さんに空港で「誰もがゲットできないチャンスをあなたは持ってる。自分の夢のために戻りなさい」と泣きながら言われた時にスーツケース1つで戻ることを決意した。

とりあえず戻った時の家はラッキーなことに後輩の家のソファーに3週間住ませてもらうことになった。

だけど、一軒家の庭付きの豪華な家に2ヶ月前まで奥さんと一緒に生活してたのが、たった2ヶ月で後輩の家のソファーで天井見ながら鬱になってるなんて想像できなかった。だけど、もう後ろは見ない。人生を見つめ直そうと決めた。

承認欲のために生きてたことを認めた


自分の人生を見つめ直す前に自分の中で認めないといけないことがあった。それは「承認欲のために生きてた」ということ認めることだった。奥さんは確かに愛していたけど、それよりも仕事を成功して、大金持ちになりたいという気持ちの方が強かった。

なんでそうなりたったか?それはニューヨークで大成功して映画みたいな豪邸に住んで、欲しいものが何でも手に入る生活をシェアして他人に自分の存在を認めて欲しかったからだ。だけど、帰国中に社長に言われた一言で目が覚めた。

「今もし使えきれないくらいのお金が手元にある。なんでも買って良いから、言って見て。」
「家、車、スニーカー、英語の学校も行きたいし、あとは…」
「もう詰まった?そう、結局お金で変えるものなんてたかが知れてるんだよ。あと他人の目が気になるいうけど、誰もKei君のことなんて気にしてないよ。」

実際に手元に残ったのは何回履いたかわからないプレ値のスニーカーだけなことを思い出した。

「俺ってこんな人生歩みたかったのかな?」

他人の目を気にして、仕事をするために生きるのはやめよう


自分は30歳まで人生の9割を仕事に時間を使っていた。「お金がない=不幸」と本気で思っていたから、本当に必要なこと(奥さんや本気でやりたいプロダクト)を無視して、今すぐは必要でもない「未来」のお金のために大事な人を無視して時間を使っていた。その結果一番大切な物を失った、辛かった。

だから、決めた。もう他人やお金のために人生を使うのはやめよう。

ここから国際派ニートがスタートします。

人生を最高に楽しくするために必要なのは「自分の人生を楽しむ覚悟」


自分の人生を楽しむために必要なのは地位でも名誉でもお金でもなく、「今」の自分の人生を最高に楽しむ覚悟だった。だけど、それを考えるには無駄な選択を無くし、本当に必要な選択をする必要があった。

だから、物と固定費を持たない生活をすることに決めた。

ニューヨーク生活の中で一番の固定費は家賃。これをまず無くそうと思って不動産会社に「ホームページを製作する代わりに空いてる部屋を貸して欲しい」と交渉のメールを送った。1社が興味を持って結果5ヶ月間無料で借りることになった。製作期間は2-3週間。本当は$900×5=$4500払わないといけなかったのがスキルの価値で交換した結果家賃が5ヶ月間無料になった。

こんな感じで色々な企業と契約して無料なものを増やした。

そして、借りた部屋でスーツケース1つ(スニーカー3足とインナーが8枚とアウター3枚と下着や靴下が各10枚)の生活がスタートした。初めは辛かったけど、慣れてきたらこの量でも使わない服やスニーカーがあることに気付いた。

この数カ月で生きるために必要な物は本当に少ないし、自分自身で作る価値には自分で値段が決めれることがわかった。

だから、固定費を最小限にして、自分しか作れない価値を作る人生を過ごすことを決めた。

「アイディア(価値)を売る」人生を選んだ


今ある仕事の多くが数年後にはAIと移民に取られる。これは逃げれない現実だからこそ、自分が本当に好きなことを見つけて、そのジャンルでスペシャリストになって「アイディア(価値)を売る」しか道はない。だけど、アイディアを売るのは簡単ではないし、ゴールの日付もない。


けど、お金をもらうには2つの価値の交換しかありません。

「アイディアor経験(価値)を売る」か「時間(価値)を売る」か。

自分は2017年から「今の自分がやりたいことに全力を尽くして、そこで得た経験とアイディア(価値)を売る」ことを決めました。なので、「時間(価値)を売る」仕事はしません。



長かったですが、最後です!ありがとうございました!


長い自己紹介を読んでもらってありがとうございます!ここに書いたのは人生のほんの一部ですが、自分も書きながらジェットコースターみたいな人生だったなって思います…一般的に「かわいそうな体験」もしていますが、自分は全くマイナスなんて思ってません!逆にプラスです。


事故の経験も離婚の経験も全て想像していたことじゃないことでした。だけど、それらは自分の意思とは関係なく訪れます。だからこそ、自分の生きたい人生を多くの人に歩んで欲しいです。


そして、気付いて欲しい。学歴も金も人生を変えるのに関係はないし、本当に自由な自分が求める人生の世界が想像の100倍最高な人生なことに。

最後に日本に不信を抱いてるけど、どうすればいいか悩んでる人に自分の経験を伝えることが自分ができる社会貢献だと信じています。どうか夢を諦めずに、自分の人生のために生きてください。


※この記事は2017/03/10に公開した情報になります。
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