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ニューヨーク在住の元バイヤーが教える「海外バイヤーの始め方」

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出会って1ヶ月で結婚してニューヨークでホームレス?Keiの波乱万丈な人生(前)

2019年04月09日(火)


※2019/4/10 全体的に修正

初めまして、ニューヨーク在住の元バイヤーのKei(@gmnyc_k)と申します。

ニューヨークは18歳から毎年旅行で訪れていて、26歳の時にアメリカ人結婚してUS永住権保持者兼経営者になったと思ったら、急に離婚が決まってニューヨークでホームレスになってしまって…という感じで結構ジェットコースターな人生を経験していたりと、、、結構Crazyな人生送ってます。

今はニューヨークで会社を経営しながら自社でアフィリエイトブログや自社課金サービスなどを展開しながら、企業様のコンサルティングに参加したりしていますが、毎日自分で時間を決めれるので時間に縛られていることはありません。

この記事では初めて自分を知る人にしっかり自分の情報を伝えたいので1つ1つなるべく簡潔に書きます。長くなってしまったので前編、後編に別けて紹介させて頂きます。



高校は頭も悪いし、結構ハードなイジメもあった


いや〜、勉強は本当に出来なかったです。

毎回テスト返却の時は「赤点ライン30点以上であってくれ!」と低レベルな神頼みをしてたけど、ほとんど赤点で再試ばかりの頭の悪さに男子校でたまたま目をつけられて漫画のようなイジメを3年間受けてて、卒業式は殺人予告出てたから出席することができなかった高校時代でした。

普通の人は高校生戻りたいって言いますが、自分はもう二度と戻りたくないです。

高校を卒業したら周りは社会人だらけ


自分は卒業式に出席してないのもあって、どこで学校生活が終わったのか未だに謎だったけど、バイトが出来る年齢になったこともありバイトをするようになった。

毎日10時間のロングタイムでバイトをして手元に入るのは18万円前後で服買ったり、スニーカー買ったり、遊んだりしたらそんなお金は一瞬で消えるので、貯金なんてものは結婚するまでしたことがなかった。だけど、SNSで同級生がボーナスで車を購入したり、結婚して幸せそうな生活をしているのをみて、自分が人生の負け組みなのかな?と思い始めた。

だけど、目的も何もない自分は毎日興味もない仕事を黙々と夜まで続けるしかなかった。

「周りは就職して結婚して幸せになっていくなか、自分は何を…」って思うことが多くなり、バイトを始めて数ヶ月後には社会不適合者の烙印が押されたような気分になる瞬間が何度かあって、吐きそうになった。

そんな情緒不安定な自分を助けてくれたのが高校時代にイジメを忘れるために始めたブレイクダンスだった。

ノリで仲良くなったニューヨーカーとの出会いで人生が変わる


日本は夏が来たばかりであの夜も暑かった。

当時はバイト終わりに駅のホームで終電まで踊るのが日課になっていて、この日もバイト終わりにいつものメンバーと駅前で踊っていた。その時に知らない外人が流暢な日本語で「写真撮っても良いですか?」と聞いてきた。彼こそがニューヨーク出身の交換留学生で日本にきていた「ジュリアン」だった。

彼が日本語を話せたのもあって色々話す間に仲良くなり、彼が「3週間後に一回ニューヨーク戻るんだ!一緒に来る?」と笑いながら言ってきたので、ノリで「行くよ!メールアドレス教えて」って言い返した。

彼とはバラバラに行くことになったけど、空港まで迎えにきてくれるって言ったし、家にも泊まって良いって言ったのでノリでニューヨークに行くことにした。この時はこのニューヨーク旅行が人生をココまで変えるとは思ってなかった。

初めてのニューヨークは衝撃の連続だった


飛行機に乗るなんて子供の頃以来だったので多少は緊張したけど、周りの乗客は日本人だらけだったから緊張感はさほどなかったが、問題はニューヨークに到着してからだった。

まずイミグレーションで英語で色々聞かれるけど、全く何を言ってるかわからない。救いは当時はまだ緩かったこともあり、自分は日本人で英語が話せないってわかって、「もう行きな」と数分でスタンプを押して、通してくれた。


当時の英語レベルはこのレベル。よく1人で日本で1回しか会ったことないジュリアンが空港に迎えにきて、100%ニューヨーク観光を2週間してくれるって大前提でニューヨークに来た自分が今では恐ろしい。もし彼が来なかったから帰りのチケットまでの3週間どうしてたんだろ?って考えると本当に怖い。

実際に多くのアメリカ人は1回日本であった人を空港に迎えにくる可能性はだいぶ低いです。

だけど、彼は違った。迎えに来てくれて、マンハッタンから1時間ほど離れたコネチカット州にある実家に泊めてくれた。

ニューヨークで出会ったストリートアートで人生が変わる


ニューヨークに到着してから1週間はコネチカット州の実家でずっとゲームをしていた。自分がゲストできていることなんてあまり深く考えていなかったけど、流石に残り1週間を切った時に「マンハッタンに行こう」と言って、電車に乗ってグランドセントラル駅に向かった。

そして、初めて見たグランドセントラル駅は衝撃だった。

そこから色々マンハッタンの観光名所を色々回り、ジュリアンが「ストリートアートとか好き?好きなら「5 Points」を見に行こう!」と言った一言が人生を変えた。


初めての「5 Points」は全てが衝撃だった。

ボーと見ているとアーティストの人が音楽を大音量で流しながら、下書きを書いていた。そんな彼を見て「あ〜、好きなことを仕事にしているって良いな」ってフッと思った。自分の人生とは大違いだった。



金もスキルもないけど、自分も「デザイン」が作りたい


帰国した直後はインプットが多すぎて頭の中は整理がついてない状態だったが、あのグラフィティーアートを見てから「デザイン」が作りたくて必死だった。だけど、どうやって学べばいいかわからなかったので毎日お酒を飲んで踊るクラブに何件もはしごして、お洒落な人に出会うたびに「デザイナーですか?」と聞き歩いた。

そんな無謀なチャレンジも奇跡的に3ヶ月後に今でも仲良くしてもらっている師匠達と出会った。

彼らはオリジナルブランドを作って、繁華街に自分で店を構えてながら、イベントをやっていたクリエイター集団で憧れだった。そんな彼らが酔った勢いで「次の日にオフィス来たら教えてあげるよ」というので遊びに行くとすご行くことを決めた。

彼らは想像以上にクレージーだった…

オフィスでパソコンがないことを伝えるとデザインができないってことからAppleの「Mac Book」を買ってくるように言われて、お金がないことを伝えると「お金ないならアコムで借りればいい」と意味不明なアドバイスをしてきました。

当時の自分もアホで「なるほど」なんて思いながら、アコムで40万借りてMacとPhotoshopなどのデザインに必要なアプリをインストールしてもらって、残ったお金で生まれて初めてイラストレーターでデザインを作る作り方をその場で教えてもらい、オリジナルTシャツを100枚作ることにした。

今考えたらど素人のデザインがプリントされたTシャツを100枚も在庫持つ怖さったら半端ない。

実際に当時もダサすぎて全く売れず、夜な夜な飲屋街を徘徊して手売りで売って、数ヶ月でアコムに借りお金を全額返しました。その後も懲りずにTシャツを何型か作ったけど売れなかった。

そんな自分を横目に先輩たちは新しいデザインのアパレルをどんどん作りながら、夜は仲間達と一緒に酒飲んで騒いでいる姿が本当に羨ましくて、時間がある時は毎日でも彼らと一緒に遊ぶようにしていた。そんなある日、先輩に聞かれた。

「KeiはWebとか興味ないの?」

高校時代のチャットヲタクのパソコンスキルが活かされる


彼はR君といい、自分が一番初めに声をかけた先輩で彼はアパレルデザインも作りながら、Webの仕事もやっていた。理由は金が良いからって笑顔で言ってたのが懐かしい。

そんな自分も実は高校時代はイジメにあってる時にパソコンのチャットルームで毎日何十時間も会話してたからパソコンを触ることに抵抗は全くなかったけど、先輩が「書くの好きならブログやれば?」と勧められて、生まれて初めて有料のレンタルサーバーとドメインを取得して自分のブログを開設した。

生まれて初めて触るブログはおもちゃだった。ソースと言われるWeb言語を入れると文字が太くなったり、色が変わったり、、、この時初めて自分はWeb言語を知り、その魅了にハマりました。

そして、何よりもWebを仕事にしようと思ったのは時給の高さでした。

だけど、素人の自分を使ってくれる会社は求人媒体では見つからず、諦めかけた時に「パソコン触れたら未経験者OK」と書かれた1つの会社を見つけた。この会社の社長さんこそ、自分を始めてアジアに連れてってくれたIさんだった。

嘘の履歴書を書いて会社に入社


初めて雇ってくれたIさんは自分の中で未だに憧れ続ける先輩です。

当時彼の会社は中国で買い付けたものをオンラインで販売している小さな3名の会社を経営していて、当時は商品写真を加工したり、Webサイトの更新などできる人を探していた。面接の時にもそのような質問をされたけど、なんとかなると思って「出来ます!」と答え続けた結果、詐欺に近い内定をもらった。

想像以上に何もできない自分に呆れる社長がとった神行動


仕事は想像以上に出来なかった。

多分社長が思っていた以上に使えなかったらしく、特に全く知識がなかったホームページを作るスキル「HTML/CSS」を学ばせるために会社のお金でパソコン教室に通わせてくれた。これがWeb言語を真剣に勉強するきっかけになった。

最近も会う機会があって、当時の話をしたら「あの頃はKei君本当に何もできなすぎて、このままじゃ会社にいらないって思ったけど、切ることも性格上できないから通わせたんだよ」と衝撃の真実w だけど、あの頃のIさんの判断が今の自分を作ってくれました。本当に感謝です。

彼の職場はかなり自由度が高くて、長期休暇もパソコン上で仕事をしてくれたらとって良いということだったので、これをきっかけに特に行く理由はなかったけど2度目のニューヨークへ行くことを決意した。

現実逃避でニューヨークに7年間毎年通う生活


2回目のニューヨークは特にやることがなかったし、英語が話せるわけでもなかったから、特にやることもないから毎日ブラブラ歩き続けた。だけど、誰も知り合いがいない世界で歩いている時間が全てから解放された気がして、好きだった。

だけど、財布の中にはクレジットカード2枚と現金が数万円で当時はお金がなかったからクレジットカードで旅行中は支払って、その請求額をリボ払いに変更して1年かけて返して、またニューヨークに行く生活を7年送った。

たまに知り合いに「何で毎年ニューヨーク行くの?」と聞かれると「ニューヨークが好きなんだよね」と言っていたけど、これはただの現実逃避でしかなかった。

この現実逃避も25歳になると、現実を見ないといけない場面が増えた。一番辛かったのは冷静に今までニューヨーク旅行で使った金額を考えた時だった。多分当時で1回30万と考えて7回だから210万円以上は使っていたが、手元に残っているものは思い出とリボ払いの通知書だけ。社会ではただのフリーターでした。

そんなタイミングでIさんから「中国出張に一緒に来ないか?」と声がかかった。嬉しくて、ワクワクした気持ちは今でも覚えている。そして、2012年2月の記録的な大雪の日に彼の家の近くのマクドナルドで中国行きのチケットを買って、ウキウキしながら自転車で雪の中帰った。

この帰り道にトラックと事故をした。



24歳でトラックと事故して顔面骨折9箇所


本当に死んだと思った。自分は無人の止まってるトラックに顔から突っ込んだ。結果顔面骨折8箇所で一度死にかけた。麻酔が切れて目開けた時に母さんが号泣してるの見て、すげー悲しくなった。

「自分、何してんだろ…」

この時の気持ちは「死にかけた経験があるからこそ、他人の10倍努力して自由な人生を手に入れると決めた」で書いています。

死にかけた経験があるからこそ、他人の10倍努力して自由な人生を手に入れると決めた

死にかけた経験があるからこそ、他人の10倍努力して自由な人生を手に入れると決めた

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病院のベットの上でパンダみたいな顔になってる自分を見て、高卒で実家暮らしで正社員経験も貯金も何ない自分に未来は見えなかった。神にすがる気持ちだった時に出会ったのが移住静香さんと岡崎太郎さんの本だった。

生まれて初めて集中して黙々と数時間本を読み続けた。その本の中で「朝3時間早く起きると人生変わる」って書いてあった。「確かに普段よりも起きてる時間が長くなるから、人生変わるかも」と安易な考えで始めたが、当時は人生を変えたくても、人生をかえる方法がわからない自分は彼らの言うことを信じて、行動するしか道はありませんでした。


それから岡崎太郎さんの「夢は、無計画のほうが実現する」の中に「会いたい人に会いに行く!」と書いてあり、彼の大ファンになった自分は彼に会いたくてFacebookで見つけて長文のメッセージを送り、会うことになった。

初めてのご飯では海外のこと、マーケティングのこと、人生のことなど色々な話を伺ったことを今でも鮮明に覚えています。この出会いがきっかけで今では岡崎太郎さんがニューヨークに来られた時にお茶したり、日本でご飯をご馳走になったりと面倒を見ていただいています。本当にありがとうございます。

この「朝活」のおかげで病院で入院期間の朝の時間は勉強する習慣を作ることができ、「岡崎太郎さん」との出会いで「マーケティング」と「幸せ者の人生の考え方」を考えるために本を毎日1冊以上読み漁る習慣を合計2ヶ月やりました。

この大事故は自分に「勉強する大切さ」と「いつでも人は死ぬ」ということを教えてくれました。

「この事故もあるべくして、あったんだろうな」と退院後に考えているとIさんから「前行けなかったアジア視察に一緒に行こう!」と声をかけてもらった!自分が憧れている人の海外での仕事姿を見れることが楽しみでしょうがなかった。

この彼と行ったアジアでの経験は「出会って1ヶ月で結婚してニューヨークでホームレス?Keiの波乱万丈な人生(後)」で書いています。

普通の人が経験しないようなジェットコースターみたいな人生だったので紹介します(後編)

出会って1ヶ月で結婚してニューヨークでホームレス?Keiの波乱万丈な人生(後)

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※この記事は2019/04/09に公開した情報になります。
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このブログはニューヨーク在住の元バイヤーのKei(@gmnyc_k)が運営するブログです。このブログでは副業でニューヨークでバイヤーをやってみたいと考えている人向けにスニーカーバイヤーを実際にやっていた経験を元に人気のトレンド商品の紹介や未経験でもニューヨークでバイヤーを始めるために必要なノウハウをブログで紹介しています。

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